黒ドラマを見てて思う死んでしまう直前の人間がどうして動けるのだろう。それならば、どうして私たちの病院で死んでいる人は抵抗することもできず、苦しい思いをして死んでいくのだろう。

作り話の中だから仕方ないのかもしれない。

もしも現実にそういうことが起きるのならば、自分の生まれ育った家で最後まで動いてぽっくりと死んで欲しい。

なぜならば死んでいく彼らも苦しいかもしれないが、見守っている私達も苦しいのだ。

彼らが生きるために私たちは医療と言うものを捧げている。

しかしなぜだろうこの虚無感はどこからやってくるのだろう?

人が死ぬのはあっという間で四六時中やってくる。

そして苦しむまで苦しんで死んでいく。

病院で死ぬ人はほとんどの人が牢獄のような苦しみを受けて死んでいく。

痰を取られ、血を取られ点滴をされ、あらゆる苦しみの中を耐え抜いてやっと死に至る。

それでも死にたくない人は長く苦しみを受ける。

それが死に至る過程だ。

それよりは家でひっそりと死にたいものだ。

コメントを残す

WordPress.com で次のようなサイトをデザイン
始めてみよう